未だ謎の多いイースター島のモアイ像

誰が何のために造ったのかわからない巨大な顔「モアイ像」は、とても有名です。

このモアイ像がある南米イースター島は、オランダ海軍が感謝祭イースターの日に発見したことから名づけられました。

絶海の孤島であるイースター島にいた原住民の人々は、18世紀~19世紀ごろに奴隷として島外に連れ出され、その後、わずかに残った住民は天然痘にやられ人口は激減。
そのため、モアイ像がどんな目的で作られたのかなどを伝承する人がおらず、謎として残っています。

このような人の像が造られたのは、10世紀ごろと推測され、最初は国の長を称えるためと思われています。
しかし、それから様々な部族に分かれ、それぞれの部族の長が増えると共に、像も増えていったと考えられてます。

モアイ像といえば「顔」を思い浮かべる人も多いと思いますが、初期の頃の像は足もちゃんとあります。
その後、4世代ほどに渡りあの大きな長い顔だけの不思議な像になっていったようです。
大きさはさまざまで、小さなものは高さ2~3m、大きなものは8m近くもあります。
石でできていますから大変重く、これだけ重く大きな石を動かすために、大量の木材を伐採、そしてこの森林伐採が環境破壊に繋がり、食料が不足したことによる部族間の争いが激化し、人口が大幅に減ったともいわれています。

また、海沿いにあるモアイ像は海に背を向けて建っていますが、島の中心に近い像は、その向きがそろっていません。
村を囲むように建てられていることから、おそらく村の守り神のようなものだったのではと思います。
そのため、部族間抗争の際には破壊の対象となり、多くの像が壊されてしまいました。

こういった人々の争いも、そして住民が死に絶えていく様も、モアイ像はただ見守るしかありませんでした。
そう考えると、哀しくも切ない島ともいえるかもしれません。